重い障害のある人の「働きたい」を実現するための多様な就業機会の確保と促進
就労継続支援A型に焦点を当てた実践モデルの基礎付けの検討を通じて
著 | 塩津博康 |
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判型 | A5頁:248 |
ISBN | 978-4-434-28731-2 |
発行 | 2021年3月 |
定価 | 3,850円(本体3,500円+税)
在庫:○
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本書は、重い障害のある人に対して、多様な就業機会を確保し促進するという観点から、そのために必要な障害者就労支援の実践についての考え方(実践モデルの基礎理論)を、実証的なデータに基づき検討し、提示した本である。これまでに障害者を対象とする就労支援の実践については、その考え方を提示した書籍や研究がいくつも公表され、一定の知見が蓄積されているように見える。しかし、詳しくは本論で論じるが、とりわけ重い障害のある人に対象を限定した場合には、これまでの既存の概念や枠組みでは限界があり、それゆえ実践上も不都合が生じ得る。そこで改めて、重い障害のある人を対象とする障害者就労支援の実践について、それを基礎付けている理論の水準まで掘り下げ、再検討してみる必要があると考えた。本書は、このような動機から実施された複数の実証研究とその論考をまとめたものである。
本書は、序章を含む7章から構成されている。第1章が理論研究編、第2章以降が実証研究編とそのまとめになっている。特に、第2章から第4章は、各章ごとに、独立した個々の質的研究や量的研究の報告となっており、その上で第5章において、それらを総合的に考察しなおしている。このように複数の実証研究とそれらを縦断する総合考察が、本書の内容の核心である。 第1章では、障害者就労支援に対する、既存の考え方、既存研究の問題を指摘し、新たな考え方の必要性について論じた。まず、本書が目指す「重い障害のある人のための多様な就業機会の確保と促進」が拠り所とする原理の検討と(第1節)、障害者就労支援の実践についての国内外の実証研究の文献レビューを行い、先行研究の貢献と課題を明らかにした(第2節)。次に、本書が関心を持つ障害者就労支援実践と親和的な関係にあると思われる、労働統合型社会的企業(Work Integration Social Enterprise:WISE)という概念との関係性を検討し(第3節)、この後の実証研究編における課題を導出した(第4節)。第2章では、WISEの普及と制度化を提言してきた団体に着目し、そこに加盟する事業所の中から、中心的に活動してきた少数の事例を取り上げ、質的に調査・分析を行い実践の特徴を記述した。第3章では、全国の就労継続支援A型の指定事業所を調査対象として、量的調査・統計解析を通じて成果と関連性の高い実践の要素を実証的に明らかにした。特に、「複数の成果を両立できる実践方法は何か」といった研究の問いに答えた。第4章では、引き続き第3章のA型事業所全国調査のデータを活用して、A型事業所の成果を定義する際に無視できない「一般就労をA型事業所の成果とすべきか否か」という問いを立て、実証的に検討した。第5章では、2つの実証研究によって示された研究結果を、推論も含めた総合的な考察を通じて統合し、WISEとしての障害者就労支援実践モデルを基礎付ける理論として提示した。その上でこの理論が示唆する、実践上の含意を導出し、適用の範囲について検討した。第6章では、最終章として研究の結論及びその意義と限界について、再度強調しておくべき内容を改めて整理し、将来の研究に向けた示唆を提示し締めくくりとした。
本書が、重い障害のある人を対象とする多様な就業機会の確保と促進に向かって、多くの障害者就労支援の実践家と研究者に参照されるならば、筆者としてこれ以上ない喜びであり、大変幸いである。
- まえがき
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- 第1項 本研究の射程
- 第2項 「就労支援」概念の限界性
- 第3項 実践を取り巻く政策の変化
- 第4項 本書の目的と構成
- 第5項 使用する用語の定義
- 第1節 「重い障害のある人のための多様な就業機会の確保と促進」の基礎となる原理の検討
- 第1項 労働の権利と公正かつ良好な労働条件を享受する権利の保障
- 第2項 障害の 「社会モデル」 的理解に根差した多様性の尊重
- 第3項 福祉的就労の 「あらゆる形態の雇用」 への包含
- 第4項 施策の効果を担保する「合目的性・整合性・漸進性」 の重視
- 第2節 社会福祉学領域の先行的な実証研究の批判的検討
- 第1項 わが国の伝統的社会福祉における障害者就労支援の位置
- 第2項 障害者就労支援の実践についての実証研究の偏り-主に、国外研究への批判-
- 第3項 わが国の障害者就労支援現場の実情把握を目的とした研究的取り組み-主に 国内研究への批判-
- 第3節 障害者就労支援事業所と労働統合型社会的企業 (WISE) の関係性の検討
- 第1項 障害者権利条約からみたわが国の障害者就労支援
- 第2項 WISE概念の有用性-「福祉的就労」 概念への対抗として-
- 第3項 WISE概念の生成経緯からの検討
- 第4項 EMESの社会的企業の定義からの検討
- 第5項 WISE類型論からの検討
- 第6項 WISE研究のアプローチとその限界
- 第4節 実証研究における課題の導出
- 第1項 理論的検討と文献レビューから導かれた、障害者就労支援実践を研究する際の論点
- 第2項 実証研究における課題
- 第3項 実証研究の方法
- 第1節 研究の背景と目的
- 第1項 わが国の継続型WISEの一集合としての 「共同連」
- 第2項 本研究の目的
- 第2節 研究方法
- 第1項 調査の方法
- 第2項 分析の視角と方法
- 第3節 分析と結果
- 第1項 調査対象の概要
- 第2項 共通する実践の特徴
- 第3項 実践様式の概念化
- 第4節 考察
- 第1項 理論的視座の適切性と本研究の意義
- 第2項 研究方法の妥当性と脆弱性
- 第5節 おわりに
- 第1節 研究の背景と目的
- 第1項 A型事業所に着目する理由
- 第2項 本研究の目的
- 第2節 研究方法
- 第1項 文献による事前調査-政府統計の参照から-
- 第2項 実証研究の枠組み
- 第3項 調査の具体的手続き
- 第3節 結果
- 第1項 回答事業所の記述
- 第2項 成果指標と実践方法の指標の相関分析-各成果と関連の高い実践の要素は何か?-【分析①】
- 第3項 成果指標間の相関分析-成果のトレードオフはあるか?- 【分析②】
- 第4項 主成分分析による成果指標の縮約-成果の合成と分布の可視化を目的として-【分析③】
- 第5項 成果の両立を基準とした割り当てと実践方法の群間比較-成果を両立できるのはどのような実践か?-【分析④】
- 第4節 考察
- 第1項 WISEとしてのA型事業所における効果的な実践方法の概念化
- 第2項 WISEの研究方法としてのプログラム評価-その可能性と留意点-
- 第3項 本研究の限界と残された課題
- 第1節 研究の背景と目的
- 第1項 就労継続支援A型の位置付け問題の所在
- 第2項 本研究の目的
- 第2節 研究方法
- 第1項 研究のデザイン
- 第2項 フェーズ1:二次分析
- 第3項 フェーズ2:フォーカス・グループ
- 第3節 結果と考察
- 第1項 フェーズ1 : 二次分析から推定される「賃金の向上」と「一般就労への移行」の関係性
- 第2項 フェーズ2:フォーカス・グループを通じて把握された現職の障害者就労支援の実践家の見解
- 第4節 結論
- 第1項 結論とその含意
- 第2項 研究方法への示唆
- 第3項 限界と将来研究
- 第1節 トライアンギュレーションによる検討
- 第1項 仮説と操作化
- 第2項 各指標の分布状況からの検討
- 第3項 仮説の検討結果
- 第2節 理論の構築と適用への検討
- 第1項 想定していた前提の再確認
- 第2項 WISEとしての障害者就労支援実践モデル(プログラムレベル)の基礎理論とその正当性
- 第3項 本理論の適用範囲と応用的展開
- 第1節 本書の結論
- 第2節 本書の意義と限界
- 第1項 意義
- 第2項 限界
- 第3節 今後の研究課題と将来に向けて
- あとがき
- 参考文献(引用文献を除く)
- 資 料
出版助成
長野大学学術図書出版助成金